 |
 |
====================================================
monthly "Car-Acthion"
2002/10/x sample
月刊カーアクション 創刊0号 サンプル
-----------------[city]------------------------
# round-22 chapman is back!
終点、T字路。
どっちだ?...
クラッチを切り、耳を澄ます。
朝靄の彼方、僅にRB26DETTのサウンドが聞こえる。
僕はその音のする方向へ、とステアした。
ここからは狭い、ワインディングだ。
低速、下り坂。
ならこっちのもんだ、とばかりにペースを上げる。
今日は、ヒルダウンセッティングになっているし。
フロントのスタビを締め、前後、225/50-15を入れてある...。
ここも、幾度となく走りこんだロード。
コースのすみずみまで、頭に入っている。
最初のコーナーまでは平坦路。
だが、そのコーナーの途中で下り勾配の左、急カーヴに変化する。
しかも、路面は逆カントが付いている。
有名な難所。
よく、オートバイが転倒している場所だ。
僕は、慎重にスロットルを抑えて
アウト寄りから直線的に立ちあがりラインを取ろう、とする。
それでもマシンの全荷重が右の前輪にかかる。
Aアームのしなりがステアリングに伝わってくる。
すばやく、ヒール&トゥ。
瞬間、マイナスのトラクションが抜け、マシンが揺れる。
フロント・サイドのスペイス。フレイムがぐい、としなる。
秒の間隙でクラッチをつなぎ、ややスロットルを開く。
ステアしていた右腕を緩め、スロットルを踏む。
荷重の抜けたリア・タイアをLSDは蹴り、テールが滑らかに流れる....
緊張の一瞬。
スロットルを加減し、同時にステアをやや当て、
反モーメントを制御しながら、ゆっくりとスロットルを全開にする。
下り坂なので、蹴飛ばされるように580kgのアルミ・ボディは加速する・
次は、緩い右コーナー。そのまま短いストレート。
コーナー・アプローチでスロットルを瞬間戻し、
同時に軽く右へステア。
左・モメントを得たフロント・ミッドシップは、軽くノーズを右・インサイドへ巻き込む。
スタビを締め、ワイドリムをおごってあるので
この程度のモーメントでは破綻しない。
ダンピングの効いたフロントが、路面の荒れをよく吸収している。
ライトなコーナーを軽く、クリアして
短いストレートをまた、全開。
次のコーナーにアプローチする、R32の丸いテールが赤く光り
重量級らしく慎重にコーナーするのが見えた。
短いストレートを全開で。
シフト・アップする間もなく、コーナーだ。
フル・ブレーキ。
ブレーキ緩めを直線の内に行い、ややブレーキを残したまま
リア・タイアのグリップを腰に感じつつ、
滑らかに、慎重にステアを右へ切る。
このコーナーは、かなり深く回り込んでいる。
ワイド・タイアのグリップが強すぎ、すこし剛性不足気味のフレイムが
エンジンの重みをやや、持て余す。
ついで、ディファレンシャル・ギア・ユニットの慣性が
じわり、と腰に伝わってくる...
慣性を生かしたまま、ゆっくりとスロットルを開く。
ハーフ・スロットルのまま踊っていたタペットのノイズが静まり
軽快なキャプレーションのサウンド。
スロットルを大きく開いてゆくと、それはやがて叫びに変わり
リア・タイアのトラクションがモーションとして意志を伝える。
生き物のようなフィーリングは、このマシンの一番の魅力。
嬉々としてテールを振り、それにカウンター・ステアで答える僕の意志にまた
返答するかのようにテール・スライドを止め、直線的に立ちあがろうとする。
すこし長めのストレートに出た。
緩やかな下りで、続く左コーナーはスリッピーなロード。
コーナーアウトにはパーキング。
R32は、その強力なパワーに物を言わせて。
このストレートを既に半分程駆けぬけていた..
僕も、"7"のスロットルを全開にして、追跡する。
コーナーで速度を落とさなかったので、慣性のついた
アルミ・ボディは下りストレートを疾風の如く。
クラッチを切っているような勢いで、レブ・カウンターが盤面を駆け巡る..
リミッター、なんて洒落た物はないので
オーバーレブさせないように、耳を澄ます。
機械式回転計は、瞬間表示に遅れがある、からだ。
シフトを4速に入れるかどうか、という辺りでストレートは終わり。
R32のテールまで、あとちょっとで手が届く。
奴は、コーナーアプローチぎりぎりまでブレーキを
抑えるつもりらしい。
しかし、重量があるので、もちろんブレーキングポイントは"7'より手前だ...。
この速度では、あの重量級マシンだとアプローチがきつい。
たぶん、対向車線へ出、アウトサイドからスピードを落とさずに入ろうとするだろう。
4WD、アンダー傾向のあるR32だから、下りコーナーは慎重になる...
僕はそう読み、イチかバチか、ブレーキング勝負に出た。
消灯していたルーカス・スリーポイントを点け、後続を知らせる。
とうに気付いている筈だが、一応はレースのマナーだ。
R32は、アクセルを戻さずにアウトサイドへ出た。
ミクスチャが濃いのか、生ガスの匂いがする。
ヘッド・ライトの光に黒煙がうっすらと残る...
R32は、ゆっくりと対向車線へ出、スロットルを戻す。
さっきから全開のままの僕は、そのままコーナー・インサイドへマシンを滑り込ませる。
....まだだ。
....まだ....
ガン・メタリックのR32に並ぶ。
奴はブレーキングに入った。
...まだ。
R32が、後方へ吹ッ飛んでゆく。
ブレーキングをはじめたのだろう。
.....!。
フル・ブレーキング。
ノン・パワーアシストのブレーキベダルを蹴飛ばすように踏み込む。
225-50/15は、急にマイナス・Tractionを与えられて
一瞬、スキッドするがすぐにグリップを取りもどす。
背中超しに、RB26DETTのレーシング音が聞こえる。
フロント・ミドシップ・レイアウトの重いFord711M unitが、前にのめる。
ディファレンシャル・ユニットが横へ逃げようとする。
軽く、ステアでそのモーメントを交わしながら、インサイド・クリップにマシンを向けようと
ヒール&トゥしながらゆっくりと左にステアする。
ウェーバー・ツインチョークが、やや咳込む。
さっきから逃げ場を求めていたディファレンシャル・ユニットがベクトルを得
滑らかに右へ振れはじめ、僕はその動きを読み、静かにカウンターを当てる...
テイルはさっ、と右へ出、スロットルを当てるとその迎え角を記憶したように動かない。
左、インサイドのタイアがクリップを舐め、モーメントでアウトへ少しずつ逃げる...
スロットルを滑らかにワイド・オープン。
ステアをゆっくりと戻しながら、アウト・クリップを目指す。
580kgのアルミ・ボディは平然、と。
緩い放物線を描きながら、アウトへと向かう。
見たところ、対向車はない。
ほっと、安堵の瞬間。
またひとつ、コーナーをクリアした...
僕はあといくつ、コーナーをクリアするのだろう。
クリアできるのだろう...
いや、あの男たちのように、クリアできないコーナーがある
のかもしれない..
クリアできなかったコーナー、はそいつにとって文字通り人生の終わり、だ。
比喩ではなく、なんの変哲もないカーヴ、がそいつの人生を終らせるのだから。
スピードがゼロになった時、ヒト生を終る、のだ..
僕は、RB26DETTの排気音が聞こえない事に気付き
ブレーキを踏み、そのまま路肩にマシンを止めた。
ロールバーに手を掛けて振り向くと、R32の姿は無い。
コーナーリング・ラインを見出せなかったのだろう。
まさか、開けたインサイドに入ってこれるとは思わなかったのだろう。
並みのマシンでは、あの速度からイン・キープでクリアするのは不可能だからだ。
奴は、インに寄ることが出来ずに..
コーナー・アウトにあるパーキングにエスケープしたに違いない...
あの速度からでは、如何なるタイアをもってしても
アウト・キープではR32の巨体はコーナー・クリアできない筈だ。
下り坂、スリッピィ・コーナー。
フロント・ヘビー4WDとしては健闘した、というべきか。
しかし、物理法則にはかなわず、R32の前輪はコーナーリングを拒否した..?...
僕は、ニュートラルにしていたシフトを1stに入れ、Uターン。
ゆっくりと、コーナーのところまで戻る。
アウトコーナーには、R32の付けたであろうブラックマークが
パーキングの方へ一直線に伸びていた。
その行方を眼で追うと
フロントをこちらに向けたガン・メタリックのR32がエンジンをストールさせ、停止していた。
広いパーキングの中に幸い、車が居なかったらしく
スピン・ターンで止めたのだろう...
僕は、ゆっくりと"7"を、1500rpmで微速前進させ、
奴のそばに行く。
忘れかけていたが、バトルが目的じゃあない。
奴には聞きたいこと、があったんだ...
まだ辺りにはゴムの焦げる臭気が漂っている。
遠く、美しい成層火山が優美な曲線を見せ、眼下には火口湖。
自然美と、不自然な化学変化による奇妙なコントラストは、すこしオーバーなくらい
自分たちがたった今までしていたこと、の異常さを無言の内に物語っている..
「よぉ。」
僕はマシンを降り、すこし横柄にR32の方へ声を掛けた。
もちろん、機先を制する、という意味で。
「......ああ...。」
R32は、気が抜けたような表情で、それでも谷底に落ちず、マシンも無傷だったのでほっと安堵したように。
「俺の事、覚えてる?。」
僕は、普段は使わないような言葉で彼に話し掛けた。
「.....。」
無言で、奴は肯く。
「それじゃ、ちょっと教えてくれるかな...。」
と、僕はすこしいつもの口調に戻った事を失敗したかな、と思いながら、
あの512の男の身元を尋ねた。
「....。」
R32は首を振る。
まあ、すんなりと話してくれる、とは思わなかったけど...
「あのパーキングで、一緒だったろ、あの男と。」
「何故、知りたがる、そんな事。」
R32の男は、胡散臭そうに僕を上眼で見た。
僕はマシンを降り、R32の近くに立っているから、そうならざるを得ない。
でも、この男の眼光は、どこか違う意味を放っているようだった。
「そんな事はどうでもいいだろ、知ってるんなら教えろよ。」
と、僕はR32のドア側に立ち、手のひらでウインド・モールの辺りを軽く叩いた。
「....あいにくだが、本当に知らないんだ。奴とは時々ああした走ってた。
いつも、港北のパーキングか、あの辺りに居る奴だ、ってそれくらいしか俺は..。」
R32は、僕の眼を見た。
「.....。」
秒の沈黙。
...こいつを問い詰めても、時間の無駄だろう。
僕はそう思い、無言できびすを返し、"7"のコクピットに潜り込み、エンジンを掛けた。
暖まっていたので711Mは直ぐに目覚め、僕はクラッチを切りながらシフトを
リバースに入れ、瞬時に継ぎ、後退させながらステアしてノーズを坂下に向けた。
ひょい、と軽快に向きを変えた"7"を 1stに入れて前進。
ウェーバー・ツインチョークは猫撫で声を上げ、マシンはゆっくりと路面の継ぎ目を
シートに伝え始めた....
ま、いっか...。
探偵ごっこをするためにここに来たんじゃないし。
僕は、軽い気持ちで峠を下る。
トルクフルな回転域で、スロットルをon-off。.
そのたびに、エンジンは敏感に反応してノートの変化、微振動を伝える。
人間的なマシン、という矛盾した表現が似合う。
軽やかに峠を、僕は来た方角とは反対の方へと下り、緩やかなコーナーの続く
ダウンヒル・コースを今度はゆっくりと、遠い山々の景色を眺めながら下った。
・
・
・
峠を流しながら、下り始める。
そろそろ朝の雰囲気で、ゴルフ場の送迎バスやら乗用車やら、と
所帯じみて来て、さっきまでの神聖なロード、なんて気分にはまったくならない。
峠を下り切ると、すこし蒸し暑い感じがした。
オープン・ボディの車というのは、そこにいる、という実感があっていい、と思う。
モーターサイクルでも、ヘルメットをかぶらなければ似たようなもの、だが
それでは速度を出せないし、リスクも大きい。
僕は、マシンをパーキングに寄せ、イグニッションを切り、携帯をトノ・カバーの
下のバッグから取り出した。
なんとなく、だけど、S12の彼に連絡した。
・
・
・
彼の家は、峠からすぐ近くの国道沿いだった。
国道が高架になる、その陸橋のすぐ側の一角、百坪ほどの土地に
旧い木造家屋、それと作業場とガレージ。
時の刻みを反転させたような雰囲気に、僕は少し安堵した。
周囲は商工業地域で、どちらかというと工場など目立つ。
新興の外車ディーラー、トラックの修理工場、大衆食堂...
よくある、どこにでもあるような感じのバイパス沿いのムード。
どうして日本中一緒なのだろう、と思いながら。僕は彼の家の
ガレージにマシンを止め、温室の中に咲いている蘭の花、のあでやかな雰囲気にどこか違和感を感じつつ
彼が出てくるのを待った。
「よお、よく来たね。」
ひさしぶりに会うのに、なんとなく昨日会っていたような、
そんな雰囲気て彼はあたりまえ、という顔つきで。
薄いベージュの作業着はところどころ擦れていて、
しかし、さっぱりと洗濯されていて清潔感がある。
そのあたりに緻密な雰囲気を漂わせ、メタル・フレームの眼鏡によくマッチしている。
「ああ、こんちは...ちょっと、近くまで来たから...それで...。」
僕は、仕事前だ、という彼に気遣い、今日の事をさらりと話した。
R32の男の素性、とかも聞いてみた。
「さあ...割と、あいつらは...。」
と、彼も詳しくは知らない、と言った。
ただ、ナンバーから住所くらいはわかるだろう、と、付け加えて。
で、僕はというと、S12の彼が教えてくれた陸運事務局へ行って、
彼の言うとおりに登録番号の照会をして、512の男の住所を知った。
その住所から場所を知るのにはちょっと苦労したが
区域の図書館で住宅地図をコピーして、
場所をよく見ると、意外、いつも通る箱根の中の別荘地の外れだった。
・
・
・
僕はマシンのエンジンを低く抑えて
落ち葉の舞散るアスファルトの坂道を登った。
.
.....そこは、鬱蒼とした森の中、というコトバがぴったりの場所で、たぶん
大きな会社か何かのゲストハウスだったのだろう、と思えるような建物だった。
主を失った家は、薄暗くて少々不気味に思えたが
僕はエンジンを切り、建物の周りをうかがった。
.....一階はシャッター付きのガレージ。
二階が大きな硝子張りのゲストハウスのようだ。
少し森の奥手の方に離れがあり、そこも小屋、というよりは
一戸建ての住居、ほどの大きさだが
どの建物にも人気はない...
......この男....
確か、肉屋か何かだ、と聞い.てたけど...
それにしては豪華な家だな、と僕は思う。
フェラーリ512を乗り回し、広大なゲストハウスにひとりで住む男。
なんとなく胡散臭い、と横田の言う意味を僕は、実感していた。
薄気味悪いな、とは思ったけど、誰もいないから少し、様子を見よう、と。
僕はマシンのキーを抜き、ガレージのシャッターの方へ歩いた。
落ち葉が積もったアスファルトのパーキングの感触を靴底に感じながら。
.....ガレージのシャッターは、鍵がかかっていて開かない。
中の様子を見ようにも、新聞受けの穴もないので覗くのも無理だ。
でも、微かにオイルとガソリンの匂いがする。
中にはまだマシンが何台かあるのかな、と思い
ふとガレージの方からゲストハウスの玄関を見た。
古びた、鋳物のオブジェ。
どこかで見た記憶がある......
僕は、記憶の糸を手繰った.......
.....そうだ。これは....
兄貴が言う「邪悪な宗教団体」のマークだ。
............。
僕は、なんとなく嫌な気持ちになった。
兄貴と同じように、高速の事故で死んだ男は、対抗組織の
シンボルのついた家に住んでいて、
しかも、事件を闇に葬ろう、と警察はマスコミを遮断し
事故現場にいた僕らには変な連中がつきまとう...
真相を追った新聞記者は、行方知れず.......
....こりゃ、やっぱり横田の言う通りヤバイみたいだな....
僕は、なんとなく怖くなって逃げ帰ろう、とマシンの方を見た。
すると......
ブリティッシュ・レーシング・グリーンのカウルの傍らに立ち
アルミ・ボンネットに触れている老人。
どこかで見たような顔の、白人だ。
誰もいない、と思っていた僕は、かなりびっくりした。
たぶん、奥の離れの方から出てきたのだろう。
「sorry....this , ?」
彼は、ちょっとなまった英語で話し掛けてきた。
これは君のマシンか、と。
本当に愛しい、という顔で、ボンネットに触れている。
英語がよく判らないから、僕は....
「Yes,,,。」
とだけ答え、老人に挨拶をした。
逃げよう、と思っていたけれど、あまりにいとおしい風で
彼がマシンに触れていたので
直に立ちさるのはワルイかなあ、と僕はその老人の気持ちを思った。
「あ、あー,,,sorry, I can speak english a little.」
僕は、中学校でならった英会話を思い出しながら、なんとか意味を伝えよう、とした。
このマシンは僕の物で、ロータス7のレプリカだ、と。
片言で、身振り手ぶりでもなんとか意味は伝わったらしく、彼は深い皺をたたえた笑顔で
ゆっくりとうなづき、掌を見せた...。
そして、彼はまた、何か英語で語った。
どうやら、このマシンに何か思いいれがある、とでも言っているよう....
遠い想い出に耽っているかのような瞳の色で、風が吹きぬけるようにさりげなく語った。
意味はよく判らないが、その語り口調にはどこか
長い年月を思わせる重みと、幾許かのかげり、を感じる....
僕は、その彼の表情にどこか...記憶の隅の映像、を想い起こす.
でも、思いつかない。
彼は、エンジンのサウンドを聞きたい、と言った。
僕は、うなづき、コックピットに潜り、スロットルを軽く開いてスターターを回す...
長い、猫の鳴き声のようなルーカスのスタータの音に、彼はまた懐かしそうに目を細めた。
爆発的にFord 711Mは起動し、轟音を立ててアイドリングを始めた。
ツインチョーク・ウェーバーのHotStuff。
マイク・ザ・パイプのjive-talkin'。
ハイリフト・カムシャフトのWhysper...
それらが、すぺて "7"のディティール....
彼は、嬉しいんだか悲しいんだか、よく判らないような不思議な表情で
エンジンのサウンドを聞いている。
僕は、ちょっとサービスのつもりでスロットルをあおった。
Ford 711Mユニットは軽快に吹きあがる。
ウェーバー・ツインチヨークは猫撫で声を上げ、マイク・ザ・パイプは叫び立てる....
彼は、目を閉じてそのサウンドを感慨深げ、に聞いている......
僕は、この老人に「乗ってみませんか」と言って見た。
彼は、とても嬉しそうな顔をしたが、すぐに憂う表情になり、
有り難いが.....と言いながらかぶりを振った.....
僕はその事をとても残念に思った。
なぜか不思議だけど、そう思った......
スロットル・ペダルを離し、僕はコクピットから抜け出す。
体操競技の選手のように、ロール・バーに手を付いて。
彼は、僕の様子を見て、すこしはにかむように笑った....
僕も、彼に笑いかけて、ふと、彼の瞳を見た。
深い海の色のような、どこか悲しい彩の瞳の色に、僕は一瞬どきり、とした。
が、思い返して、彼に右手を差し出した。
もう、行かなくてはならない、と空の色も夕刻の雰囲気を伝えている.....
彼は、がっしり、と老人に似つかわしくない力強さで僕の右手を握った....
思わぬ暖かさと、掌のがさついた感触に僕はすこし違和感を覚えた。
再び、コクピットに潜り、僕は左足を踏み、シフトをLowに入れ、
ゆっくりとクラッチをつないだ。
"7"は、唐突に動き出す。
アイドリング、エンジンの爆発のひとつひとつを鼓動のように感じさせながら....
僕は、彼に右手を上げて、挨拶をした。
彼も。
それから、おもむろにスロットルを踏み込んだ。
リニアなトルク感が、ぐい、と僕をシートに押しつける。
負荷を得て、大気開放されたツインチョーク・ウェーバーは深いサウンドを奏で、
レヴ・カウンターの指針は、揺れながらクラシカルな回転の上昇を僕に示す...
ルーム・ミラーに彼の姿を探すと、
なぜだかひどく小さく見えたが、
視線はでもしっかりとこのマシンのテール・サインを見つめていた...
その像に、また記憶のどこかが想起される....
.....!
僕のmemory-fieldは、ある画像をヒットした......
・
・
・
僕は、さっきの図書館に寄り道をした。
地下のパーキングに"7"を乗り入れると、さっきは驚いた顔だった警備員も
こんどは楽しげにこのマシンを眺めていた。
僕はにっこり、と頭を下げ、コンクリートのパーキングの端にマシンを止め、
トノ・カヴァを閉じた。
エレベーターで二階へ上がり、保存図書のコーナーへ。
静寂..
どこか仄かにダークな雰囲気...
いくらか、黴の匂いがする..
大判の自動車雑誌、海外のレース記事で著名なそれを繰り、
写真だけをぱらぱら、と見た....
..........!。
あの老人に良く似ている...
サーキットのパドックで、何かを話している風な男の顔。
横顔は良く似ている.....
僕は記事を見た。
... チャプマンは生きている?
ロータス創始者、コーリン・チャプマンはある訴訟で被告となり
有罪が確定した後謎の死を遂げた、と言われている...
しかし、南アフリカ共和国でその後もチャプマンに似た人物を見た、という
伝聞が噂を呼び、興味をもったジャーナリストが南アに飛んだ後、
チャプマンらしき姿は彼の国から消えた...という....
.....まさか....。
僕はその雑誌記事をコピーし、図書館の屋上に登って横田に電話した。
==============================================================
--------round -22 end. --------------------------------------
=============================================================
|