まぐMM
Segakiyui's World サンプル
ID:P0003530
 

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                    『Segakiyui's World』
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金木犀の香りも薄れてしまったなあ。
冬が少しまた近づいた。
御愛読ありがとうございます。
本日も『桜の護王』お送りいたします。

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『桜の護王』 第7回

2.護王(4)

 何一つ、手がかりらしいものにさえ近付けない自分がくやしい。
「日高先生」
 嵯峨が尖った声で割って入った。
「ちょっと無神経すぎませんか。葛城さんは大西さんと同期なんですよ」
「ああ……そうだね」
 珍しい嵯峨の剣幕に日高がたじたじと体を引いた。
「行きましょう、葛城さん」
「あ、はい………」
 ぺこ、と日高に頭を下げて、洋子は身を翻した嵯峨に急いで追いついた。
「いくら先生だからって、こういうときに大人しく付き合ってることなんてない
のよ」
 廊下を急ぎ足に日高から遠ざかりながら、嵯峨が低い声で言う。
「……ありがとうございました」
 洋子がそっとことばを返した。
「今は正直言って、日高先生の話を聞いてるの、つらいです」
「そうでしょ」
「でも……やっぱり嵯峨さんですね」
 洋子はしみじみとつぶやいた。
「言うべきことは先生にだって言うんだ…………私はいつになったら、そうなれ
るんだろう」
「大丈夫よ」
 笑い出すかと思った嵯峨は、ふいに歩速をゆるめて、不思議な目の色で洋子を
見た。ゆっくりと病棟を抜けて、ぼんやりとした電灯の下を、寮へ向けて歩きな
がら、
「大丈夫よ。あなたは十分若いもの。まだ、いろんな力が伸びてくるわ、これか
ら、ずっと」
 静かな深い声で言った。
「そうだったら、いいけど」
 洋子はため息をついた。
「せめて、嵯峨さんに迷惑かけないぐらいにはなりたいです」
「なれるわ」
 打てば響くように、嵯峨が応じた。
 電灯の光の陰に入ったせいで、嵯峨の表情ははっきり見えない。
 どこからか、生暖かな風がゆるゆると吹き寄せてきた。
「なれるわ、すぐに」
 嵯峨が繰り返した。
「そして、すぐに私を追い抜いていくわ、きっと」
「そんな……」
 洋子はへへ、と笑った。
「冗談です、嵯峨さんを抜けるわけない」
「抜けるわ、抜くのよ、そう言いながら」
 突然、嵯峨が立ち止まった。
「嵯峨さん?」
 嵯峨はなぜかひどく顔を強ばらせて、じっと前方を見据えている。
 おそるおそる、その視線の先を見て、洋子も緊張した。
 寮の入り口近くの暗がりに、何か小さな影が動いたような気がする。
「何でしょう?」
 洋子が声をかけると、嵯峨ははっとした顔で洋子を見た。
「え」
「いえ、あそこに何かいるのかなと思って」
「どこに?」
(嵯峨さんが立ち止まったのは、あの影のせいじゃなかったのか)
 多少気抜けしながら、洋子は影を指さした。
「犬、じゃない?」
「犬、ですか?」 
 洋子は目をこらして、見つめ直した。
(犬にしては、何か大きいよね)
「うん、大丈夫よ、犬みたい」
「はあ」
 嵯峨が歩きだすのに、洋子もしかたなしについていく。
 影は入り口近くの植え込みの陰でじっと動かなくなったようだ。
(護王ほど大きくない)
 それを見定めて、洋子はほっとした。
 嵯峨がその前を平然と通り過ぎるのに力を得て、急ぎ足に過ぎて行く。
(え?)
 だが、その陰をのぞき込んで、洋子はぎょっとした。
 そこに座り込んでいるのは、どう見ても四、五歳ぐらいの男の子なのだ。黒い
Tシャツに紺の短いズボンをはいている。よく見ると、朝方道路で見た子どもの
ように思える。
 男の子は、洋子が自分を見つけるのを待ってでもいたようだ。
 黒くて濡れた、それこそ子犬のような目で洋子を見返し、にこっと笑って立ち
上がった。人なつっこい仕草で片手を上げ、ばいばい、と手を振って見せる。
 つい、つられて手を振り、男の子が駆け去るのを見送っていると、嵯峨が不審
そうに、
「どうしたの、手なんか振って」
「え、だって、ほら、今あっちに男の子が……あれ?」
 嵯峨に指し示そうと一瞬目を逸らせた間のことだった。男の子の姿が視界から
きれいに消えていた。
「今、そこに」
「いなかったでしょう? さっきの犬も見間違いだったのかしら、いないわね」
「だって」
(犬童子)
 唐突に洋子の頭の中にその三文字が浮かんだ。
「いぬわらわ」
「何?」
「いえ、何でも」
 急いで洋子は辺りを見回した。男の子の姿はどこにもない。ましてや、護王の
いる気配もない。
 けれど、どこか遠い暗がりから、じっと護王が見ているような感覚があった。
「何でもありません、早く寮に入りましょう」
 洋子は振り切るように嵯峨をせかした。
「そうね」
 嵯峨が慰めるようにいった。
「疲れてるのよ。今日は早くお休みなさい」

「あ、ああ」
 嵯峨と下の更衣室で着替えて別れ、のろのろと四階までエレベーターで上がっ
て部屋の前まで来て、洋子はふいに気がついた。
「しまった……鍵……」
 朝、この部屋を出たときには綾子がいた。いつものように、発表が終わってか
ら会場で返してもらえばいいと思っていたから、まだ受け取っていない。
「はあ……」
 思わず部屋の戸口で座り込みそうになる。白衣を脱いだせいなのか、緊張が途
切れて疲れが一気に出た。
『白衣を着てる間は寒さも感じないよね、あたしらってプロだあ』
 綾子の声がまた耳の奥に響く。
 真冬の道で二人、深夜勤務に出るために体を寄せあって歩いていた。舞い散っ
てきた粉雪が白衣の上に羽織った綾子の紺のセーターの肩に降り懸かる。それを
払ってやると、さんきゅ、と笑った顔に、十数年前のもう一つ別の顔が重なった。
 もういない、幼い笑顔。もういない、もう一人のあやこ。
「……くそっ」
 舌打ちして体を起こす。忘れたつもりはなかったけれど、それでも無意識に綾
子の存在に重ねて安心していた自分に、そしてその両方を手の届かぬままにまた
失った無力さに歯噛みするほどの悔しさが募る。
 唇を噛み締めて立ち上がり、ひょっとして綾子は鍵をかけ忘れていかなかった
かと微かな望みを託して、部屋の引き戸に手をかけた、そのとたん。
 がらっ。
「え……?」
 ふいにドアは別の力で横に滑った。はっとして顔を上げたその一瞬、目に入っ
たのは黒一色。激しい風がその後ろから吹き出し、洋子の動きを封じる。
「あ、あっ」
 それ以上の声は上げられなかった。立ちすくんだ一瞬に差し出していた手首を
握られ部屋に引き込まれる。
(樹の、匂い)
 顔を抱き込まれ押し付けられた体からはどこかツンとした清涼な香りがした。
抱え込まれる背後でドアが閉められ、鍵がかかる鈍い音がする。それと同時に、
一瞬きゅ、と軽く体を抱き締められた。
「姫さん」
 どこかたどたどしい幼い声が耳もとで響く。
「俺の、姫さん」
 切なげな声は夢の中の声と重なった。
「もう、どこもいかんとって」
 声が掠れて不安そうに消え、同時にするりと顔が探るように首筋に寄せられ
る。その動きにはっとして、洋子は急いで腕を突っ張った。
「………何も、せえへん………でけへんよ」
 護王は小さくつぶやくと、すぐに腕を開いた。両側に手を開き、窓の方へ後
ずさりする。怖がらせていなかと不安がるような表情で、洋子をまっすぐに見
て続けた。
「話がしたいだけや。あんたに、姫さんに桜里へきてもらわな、あかんから」
「……は?」
 すぐにでも後ろで回した手で鍵を外して部屋から飛び出そうとしていた洋子
は動きを止めた。
「桜……里?」
「……そやから」
 相手は急に疲れたように肩から力を抜いた。垂らした手をだるそうに持ち上
げ、のろのろと短い髪を額から後ろへ撫でる。自分でも混乱している思考を無
理矢理まとめていくような仕草だ。僅かにうつむいた姿勢で、今度は洋子に視
線をあわさないまま、つぶやくように低い声で続ける。
「俺は、姫さんの、護王やから。あんたを傷つけたりは……せえへん」
「殺そうとしたのに?」
 思わず洋子が突っ込むと、ぎくりとした様子で動きを止め、護王は怯えたよ
うな目を上げた。病棟では自信に満ちて、ほとんど傲慢にも見えたほどの強い
気配が、今は融けて消えてしまいそうなほど弱々しい。
「そうや・・・そうやな」
 両手を力なく落とし、眉をひそめると、泣き出しそうな顔が瞳を覆った。だ
が、それは一瞬のこと、くく、と微かな苦笑を漏らすと、もう一度護王は深い
溜息をついた。
「ほんまにそうや……いっつも護ることすらでけへん………そやから置いてか
れるんかなあ……?」
 独り言をつぶやいて、よろめくように揺れた体がとん、と窓枠にあたった。
(あ…)
 落ちる。
 上半身が不安定に傾ぎ、一瞬そのまま体を仰け反らせて窓から落ちてしまう、
そんな気がして、思わず洋子は部屋に踏み込んだ。その動きで我に返ったのだ
ろう、はっとした顔で護王は体勢を立て直したが、そのままくたくたと窓枠に
寄り掛かり座り込んでしまう。
「は……あ…っ」
 両足の間に頭を落とすようにして、護王は吐き出すような深い息をついた。
洋子を軽く抱え込めるほどの体がどんどん萎んで小さくなっていくようだ。身
動きもしない、ことばも続けない。
「………疲れてるみたいだね」
「え……ああ……」
 洋子の声に護王はぼんやりとした瞳を上げた。眠そうに瞬きする目はとろん
としていて、表情も覇気がない。虚ろな顔で自分がどこにいるのか訝るように
周囲を見回したが、ふいにくすくすと妙に半端な笑い方をしながら、再び頭を
膝の間に落としこみつつ、
「ずっと……寝てへん………寝られへんかってん」
 淡い声でつぶやいた。
「寝てない?」
「うん……寝るとなあ………鬼がきよるし……」
「鬼?」
 それはあんたのことじゃないのか、そう言いかけたのを危うく洋子は自制し
た。中身を抜かれたぬいぐるみよろしく、窓際にへたり込んでいる相手に、も
う数歩、近寄る。
「鬼が来て……俺を食いよる……俺の……中身を……食い荒らしよるし……」
 中身を食い荒らす。
 洋子は眉をしかめた。不愉快な表現だ。何か妙に胸の中を苛立たせる。
 もう数歩近寄ってみると、そこはもう護王の真隣、それでも不思議と怖くは
なくて、そろそろと洋子はしゃがみこみ、相手をそっと覗き込んだ。
 膝に乗せた両腕に今にもくっつきそうなほど垂れた首。髪の毛がくしゃくし
ゃと乱れて顔にかかっている。意外にしっかりした顎の輪郭に肉の薄い耳。頬
は少し痩けているのではないだろうか、青みがかって生気がない。まぶたはも
う閉じられていて、長いまつげが濃い陰を落としている。半開きになった唇か
ら微かな息が規則正しく響きだしている。
(眠ってる?)

                            (つづく)
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◆ハート・ブレイク◆
『セックス』
 愛情の発露はセックスかも知れないけれど、セックスは愛情の発露じゃない。
 誰もがわかっているようで、誰もがどこかで誤解していることみたい。
 抱き締めても好きとは限らないけど、好きだと抱き締めたくなる。
 触って撫でても大切だとは限らないけど、大切だと触って撫でたくなる。
 気持ちは行動に表れるけど、行動は気持ちを示すものじゃない。性別が
違えばなおさら意味も理由も違ってくる。
 そういうことを学校で教えなくていいのかな。
 男女の性器の名前以前にさ。

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御愛読ありがとうございました。
また次回御会いできることを楽しみにしております。
『Segakiyui's World』は毎週土曜日発行です。
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