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魔法の繁盛錬金術ノウハウ通信
ビジネスカウンセラー 橘月尚龍
ベースとなる『魔法の繁盛錬金術』はこちら――
http://www.doyukan.co.jp/shop/bookdetail.php4?isbn=03656-8&uid=
同書は、国家プロジェクトである国立国語研究所から高い評価をいただき、
「現代日本語書き言葉均衡コーパス」に採録される名誉を受けることになりました。
連載中の『企業診断』はこちら――
http://www.doyukan.co.jp/kigyou/mk1.html
なお、連載中のノウハウ(コラム)については、出版権の関係から、
一定期間を経過しないと配信されませんので『企業診断』をご購読ください。
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シリーズ1
「ビジネスは経済学ではなく、心理学だ!」
その1
だれも教えなかった「気分の法則」
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ビジネスとは、ある意味「お金儲け」である。
たしかに社会的使命だとか、人間社会への貢献だとか――
といった高邁なコンセプトを否定する気はないが、
企業体である限り、利益をあげないことには存続できない。
これは松下電器でも大衆食堂でも同じだ。
だから、いずこの企業も売り上げアップに躍起になる。
やれマーケティングだ、マーチャンダイジングだ、アドバタイズメントだ、
セールスプロモーションだ……とかしましいが、
それが売り上げに直結するか? というと、いまひとつ怪しい状況である。
効果が薄いとなると販促不足と思い、ますます、これらを強化するのだ。
結果、コスト対効果のバランスを崩して、手痛い打撃をこうむる。
すると、こんどは損失を取り戻そうと、
コンサルの先生や広告代理店に相談し、
さらに大がかりな仕掛けを打ったりする。
それが、なにかのハズミでうまくいけばいいが、ハズレたら悲惨だ。
下手をすると倒産一直線となる。
これが大手の場合は、下請けや取引先にムリヤリ損失を押しつけ、
自社のサバイバルを図る。
その典型が銀行をはじめとする金融機関。
自分のところの読みの甘さをお客さま(預金客・取引先)に肩代わりさせる。
それでもダメな場合は、公的資金の注入となり、
国民の税金で生き延びることとなる。ひどい話だ。
もちろん、銀行業務は社会的に重要な使命を担っていることはボクも認める。
でも、本来の「金融面や情報面から、企業の育成や円滑な業務遂行を支援し、
社会に資する」という姿から逸脱した結果が現状であることは否めないだろう。
最近では、ますます、逸脱行為が加速し、
サラ金・ヤミ金と変わらない商品や、
どう考えてもジャンクボンドとしか思えないような金融商品を売り出している。
これは一部の大手企業も同じだ。
いってみれば、なりふりかまわない餓鬼畜生状態になってしまっている。
じつに哀しむべきことである。
ボクとしては、いち日も早く、
本来のあるべき姿に戻ってくれることを祈る次第だ。
さて、銀行しかり、大手しかり。
なぜ、こんな情けない状況になってしまっているのかというと、
それは旧いマーケティング理論の功罪と考える。
物質文明華やかなりし前世紀は、ひとの所有欲や消費欲を煽れば、モノは売れた。
消費者は踊った。
まだまだ需要と供給のバランスの上でビジネスが可能だったからである。
こういうと、コンサルの先生などは「供給過剰のマーケットにおいては、
差別化とサービスが……」なんてことをおっしゃる。
もし、あなたのところが差別化戦略を採ったら、
競合他社も差別化するに決まってる。
あなたがサービスをすれば、同じようにサービスを仕掛けてくる。
それぞれは「自社独自の○○」なんて思っているけど、
生活者の側から見ると、似たり寄ったりで、ちがいなんて分からない。
最近は差別化ではなくて「個別化」なんて言葉も使われるようになった。
ほかにない独自性を持て――ということ。
ボクはいいたい「そんなことをできるヤツはいない」と。
もし取り組んだとしたら、厖大な時間や費用がかかって、絶対に合わない。
よしんば、できたとしても、すぐに他社がマネをして、
似たようなモノがマーケットにあふれる。
はっきりいおう。
この世に存在するモノやサービスは、
なにか(自然物を含む)のマネから生まれてる。
新製品だって既存のモノの新しい組み合わせである。
たしかに商品開発は大切だし、楽しいことである。
でも、そのことと売れることとにはなんの関係もない。
なぜなら生活者は新製品の素晴らしさを知らないからである。
あなたのところの商品もサービスも知らないのに、その良さは永遠に分からない。
すると「商品の良さを知らしめるために……」と広告宣伝をする。
販促を打つ。でも、生活者は買わない。
いくら商品の自慢話を聞いても、自分とは関係ないからだ。
あなたの商品やサービスの良さが本当に分かるためには使ってみるしかない。
利用しないうちに分かるひとは存在しない。
それに「利用した」ということは、既にお金を払っているということである。
例えば、あなたが空腹を感じて「うどん屋」に入ったとしよう。
でも、うどんを喰ってみるまでは、うまいかまずいかは分からない。
量が適当かどうかも分からない。
そして注文したなら、お金を払わないといけない。
まずいからと支払いをしないと、喰い逃げで捕まってしまうのだ。
お客さまが、あなたのところの商品を買うのは、
喰い逃げにならないよう――つまり、お金を払う覚悟をしないといけないのだ。
ある意味、ギャンブルといえる。
また、前回にうまかったから今回もうまいとは限らない。
確率的には初回よりマシかも知れないけど、やっぱりギャンブルだ。
これまでのマーケティング理論では、
この部分については怖ろしいほど書かれていない。
なぜなら、それは経済学ではなく、心理学に領域に属するからだ。
たしかに顧客心理であるとかモチベーションだとかは
解説されていることも多くなった。
でも、先に述べたようにお客さまというのは、いちどでも、
あなたの商品やサービスを利用したひとのことだ。
その分析をするにしても、対象となる存在――つまり、
あなたのビジネスに対して賭けてくれたお客さまがあって、はじめて可能となる。
ところが、なかなか賭けてくれないから大変なのだ。
世の中にいい商品もいいサービスもいっぱい存在する。
あなただって、いちどでも賭けてくれたら、満足していただく自信はあるだろう。
でも、賭けてくれないから困っているのだ。
いってしまえば、いい商品やサービスであることと、
お客さまが賭けてくれることとは、なんの相関関係もない。
みんな、ここのところをまちがってしまう。
お客さまが「賭けてみようかなあ」ということで、
最初のギャンブルに張るのはどうしてか?
それは、そんな「気分」になったからだ。
いいかい「ひとは気分次第で、モノも買うし、お金も払う」わけ。
その時点での、商品の良否は関係ない。
もちろん、必要に迫られてモノを買うことはある。
例えば突然の雨。家に山ほど傘があっても、やっぱり買う。
また、イヤイヤでもお金を払うことはある。例えば税金に交通反則金。
しかたなしでも、結局は払う。
でもこれらは、あなたが自然を動かす能力を持っているか、
官憲の権力を行使できる立場でないと、ない話だ。
ということは、お客さまになってくれるひとが、
あなたに対して「気分」になってくれないと、あなたの商品は絶対に売れない。
お金も払ってもらえない。
ここが大切なところだ。
この「気分」になるということは、けっして論理の積み重ねではない。
いってみれば、それこそ勘であり、ギャンブルなのだ。
では、ひとはギャンブルに張る時、どんな「気分」なんだろうか?
あなたが賭ける側になって考えてみれば分かる。
きっと「ワクワク・ドキドキ」しているだろう。
そう、ひとは「ワクワク」しないと、絶対に気分にならないのだ。
じゃあ「ワクワク気分にさせれば、
どんな粗悪品でも売れるのか?」ということになる。
そのとおり! 売れるのだ。
その典型が、悪徳商法・サギ商法・マルチ商法の類だ。
お小遣いを稼ぎたい主婦を相手に高価な教材を売りつける内職商法。
利権を買うだけで、ずっと収入があるかに見せる絵画商法。
お年寄りを集めて、
粗悪品を法外な値段で売りつける集団ヒステリー商法――みんな、そうである。
さらにエセ宗教団体が、信者を勧誘し、
喜捨と称して財産を巻き上げるのも同じ手口だ。
この時のお客さま=被害者は、お金を払う時点では「気分」になっている。
期待に胸をふくらませ「ワクワク」しているのだ。
だから、お金を払う。
ところが、たいていの場合、期待はしっかり裏切られ、被害者続出となるのだ。
買い物が、縁日の香具師の口上に乗せられて買った
シャレで済むようなものならいざ知らず、
そうではないので社会問題となり、業者は御用となってしまう。
だけど連中は、お客さまをしっかり「気分」にして、
ちゃっかり「売ってしまっている」のである。
あなたが自社の商品を売る時、このやりかたを利用しない手はない。
だって、あなたの商品が粗悪品ではなく、
お客さまの期待を裏切らないものであるなら、問題は起きないわけだから……。
ましてや、商品が期待どおり……それ以上だったなら、
それこそ、お客さまはあなたの商品やサービスのファンになってくれる。
そして、くり返し利用する――つまり、
お金をなんども払ってくれる顧客となるのである。
いいかい、モノが売れるのは「気分の法則」にハマった時だ。
「ひとは気分で行動する。
行動してから理由を探す。素敵な理由を見つけると、それは習慣化する」のだ。
たしかに買い物をする時、ひとはいろいろと検討するだろう。
自分に合うかどうか逡巡する。
この検討というのは川に橋を架ける作業に似ている。
橋というのは使用目的とか予算とかのことだ。
ところが、この橋が向こう岸に届くことはない。
最後はエイヤーッとジャンプする。
勘を働かせ、ギャンブルをするのである。
そう、最後の最後は「気分」で決めるのだ。
これまでのマーケティング理論だとか広告宣伝は、
この橋づくりを支援しているということだ。
でも、ひとはその気にならない限り、川を渡らない。
なぜなら、向こう岸に降り立つことはギャンブルだから。
しかし、橋がまったくなくても、ジャンプすることもある。
衝動買いなどは、その典型だ。
あなたがお客さまを獲得するにあたり、大切なことは、
橋をつくることではなくて、ジャンプしてもらうことだ。
そして、向こう岸に「素敵な理由」を用意することである。
つまり、お客さまがあなたの商品を買う時点で、商品の良否は関係ないのだ。
あなたがいかに「気分」にさせるかにかかっている。
ところが、お客さまは「買った瞬間から後悔をはじめる」存在でもある。
「もっといいモノがあったのじゃないか」
「もっと安く買えたんじゃないか」というように。
つまり、あなたの商品を買った「理由さがし」をはじめるわけ。
その時、あなたが「素敵な理由」を用意しておけば、
お客さまは後悔せずにすむ。いい気分になる。
そうすると、また、あなたの商品を買おうという「気分」になる。
このくり返しで、お客さまは顧客となり、固定客となるのだ。
いい商品であることは、ある意味、あたりまえのことである。
そのことを高らかに謳っても、お客さまは「気分」にならない。
下手をすると、引いてしまう。
先のうどん屋が、いくら「おいしいよ!」を連呼しても、
そんなことで、あなたは入店しないだろう。
むしろ、それ以外の要素で「気分」にさせられ、注文した筈だ。
その「気分」にする要素とは、基本的には、悪徳商法と同じ。
やりかたは同じであっても、マトモな商売なら問題はない。
ビジネスは、経済学ではなく、心理学なのである。
ここをまちがえると、商品は永遠に売れない。
モノがあふれる現代社会。
お客さまは、あなたの商品がなくても困らない。
あなたの商品がなくても生きていける。
そんなお客さまに商品を買っていただく(それも継続的に)ためには、
その気になってもらう「気分の法則」をマスターするしかない。
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