まぐMM
シリウス星「彼岸の世界」から来た女 サンプル
ID:P0005902
 

 第9回
ごあいさつ(……本文に入る前に)

 初めまして。これから、ここでお話させて頂く事になりました、“私”です。今迄の私とこの
“私”とを区別する為、今迄の私を「“りっちゃん”」と、呼ばせて頂きます。この私は、“”付き
の“私”と記しますので、ご面倒ですが、皆様どうかよろしくお願い致します。

 まず、本文に入る前に、この“私”の正体を少し、皆様に解り易くご説明させて頂きます。
難解な部分説明が多々有るかと思いますが、その都度勉強させて頂いて、“私”自身がドンドンと
進化しながら本文を綴って参りたいと思います。

 ちなみに、第五回で“りっちゃんの前世”と言われた『犯罪者』は、この“私”ではありません。
あれは、“りっちゃん”のお腹近くに張り付いていた「自縛霊の声」です。あの子は、実によく
邪霊にも構われておりました。本人は、さほど気にも留めておりませんでしたが。
 “私”と“りっちゃん”は、この様に『意識レベル』が全く違います。外見は完全な同一人物です
が、中身は全くの『別人格』です。
 只今の“私”は、「“りっちゃん”の中で眠っていた」……。実際にはもう『既に目覚めて居た』
のですが、“りっちゃん”の心に『相当な衝撃』が走らない限り、“りっちゃん”の肉体が持つ
意識=「顕在意識」として、表面(“この世の言葉”を発する3次元の顕在的意識)には出られ
なかった、と言うご説明が正しい表現だと思われます。

 少しややこしいご説明ではありますが、逆に言えば、この世では「『相当な衝撃』が無いと、
“りっちゃん”自身の『自分』と言う部分を……、違う表現では『“我”として肉体にへばり着い
ている意識(これが“顕在意識”)』を、元々この世に生まれる前から持っている“霊”としての
意識=「“霊”として成長・進化している『霊性意識』には、戻せない」と、言う事です。これ
を簡単に言えば、「死ぬ迄は“霊”としての『自分』を忘れている」と言う事で、「この世でし
か生きられない「(肉体の持つ)顕在意識」のまま、一生を過越す」、と言う訳です。

 この様に切っても切れない「霊的意識」と「肉体の我」との関係も、特別な使命の有る“私”
&“りっちゃん”は、歳月と共に年々成長させ「霊的な指導者」として、随分前からこの“私”
自身が多くの皆様の前へ登場しておりましたが。この件に関しまして、最近の“りっちゃん”
は、とても恥ずかしがって、「霊的な勉強会」では、すぐ姿を“私”の奥へと隠していました。
それも先日の八月十日以降は、「全て」に近い比重で、“私”が担当致して居りますが。

 今、この説明を聞いていた“私”の奥に居る“りっちゃん”が、大きくうなずき「なるほど〜」
と、感心しております。その位、“りっちゃん”は「この世の幼い意識体」です。だからと言っ
て、今迄のまぐまぐ内でも、霊的な情報は殆どこの“私”が、解釈や注釈をさせて頂いておりま
したので、皆様へ、間違った情報はお伝えしてはおりません。その点は、どうぞご安心を。

 そして、過去の歴史に於いて、今迄の「普通に送る人生」では、多分『霊的な自分』の存在
に、気付かずに一生を終えた人達が大多数の筈です。それが、この世で「生きる意味」だった
のです。
 しかし、時は巡り、この世に生まれて来る「盲目的な人間の“霊性”」も、お互いを傷付け、
傷付けられて磨き合い、“魂”と呼ばれる「霊的な世界(次元)の入り口」で、目覚められる様
な成長を遂げた……。
 そして多くの皆様の為に、霊界からの『智慧』を授けに、「“霊的世界”から教師〔サリバン〕」
として、“私”が生まれ出て来られる様な『世の仲』に成った……。勿論〔サリバン〕とは、三重
苦のヘレン・ケラーを“この世”に目覚めさせた、お馴染みの“教師”の事です。あれは、これから
世界中に起って行く『霊的意識革命』を、意図して作られたモチーフです。

 しかし「気の世界(=霊界)」と申しますのは、何分“言霊”等、細妙な波動の世界ですので、
極一般的な単語とは、随分と表現の雰囲気が変化してしまう問題は否めません。ですから、多く
の皆様がご使用になられる単語と、“私”が使う単語の意味合いの差異は、その都度ご説明をさ
せて頂くつもりですので、ご安心為さって読み進めて下さい。

 ではここで、“私”がこの世との関係を築く「一つ前の姿」の状態から、お話させて頂きます。
 “私”は、この“りっちゃん”として与えられた肉体に入る前に、「守護霊」として、ある男の
人生を導いておりました。その人物の名は、『出口王任三郎』と申します。

 この『出口王任三郎』と言う人物は、当然ですが、「知る人ぞ知る……」、知らない人は勿論
知らない……、「百パーセントの的中率を以て、戦中戦後の日本を占い、多方面に渡って活躍し
た霊能力者」と言われ、又日本の政財界にも影響力を与えた男で、日本の歴史上では何故か?
(天皇家との問題が有った)、抹殺された人物です。
 それが、「大本(教)」なる宗教の開祖となり、細々と後世に受け継がれている“真光教”や
“世界救世教”へと導いた男。それが、『出口王任三郎』でした。彼の名を記す文献には、“私”
の名を『小松林命(こまつばやしのみこと)』と、紹介しておりました。この名前にも、深い
意味が込められておりますが、これに関しては追々ご説明出来れば良いと思っております。

 この男『出口王任三郎』氏の“魂”は、今現在“りっちゃん”の子宮のチャクラで、くつろいで
おります。
 この辺りで、取り敢えずの“私”の自己紹介は、終わらせて頂きます。“私”の持って来た使命に
ついてのご紹介は、段々に発表して参るつもりでおりますので、皆様には、「お楽しみに」して
頂けたらと、思っております。大変長く成りましたが、これから、本文の方へご案内致します。


《またもや振り出しは、イジメ》

 今度の引っ越し先のアパートは、東京杉並区の高円寺でした。元々極近所ではありましたが、
違う学区となる中学校へは、“りっちゃん”一人が転校生の様に入学致しました。
 自宅アパート前には、同じクラスの女子が住んで居り、“りっちゃん”は早速仲良くなりました。

 クラブ活動を選択する際には、“りっちゃん”の後部座席の女子が、三年生にお姉様が在学中で、
「バスケットボール部に所属しているから」と、“りっちゃん”をバスケ部に誘ってくれました。
“りっちゃん”としては、当時テレビで流行っていた「テニス部」に入部したかったのですが、
その中学校には「テニス部」の存在が無く、“中学校でのりっちゃん”としては、運動神経に
多少の自信があったので、「第2の岡ひろみ」を目指したかったのですが、残念でした。

 バスケ部へ入部2日目の練習で、“りっちゃん”の打ったゴール下二本目のシュートが入り、
“バスケの楽しさ”にハマりました。“りっちゃん”は、「バスケって、楽しい!死ぬまでやって
いたい」……、そう思いました。

 バスケ部顧問の先生は、新任したばかりの熱血新人教師でした。その先生は、「宗方コーチ」
同様、優秀なコーチでした。初心者が大多数の“りっちゃん”達バスケ部員を、区内三位に押し
上げ、“りっちゃん”の二校下の生徒を都大会で優勝に導いてしまいました。今では、オリン
ピック選手も育てたと、風の噂で聞いて居ります。

 そのコーチは、まだ部活動7日目にして初めて挑戦した5対5(試合形式の練習)で、
「大島、打てっ!」
と、“りっちゃん”に左45度からのロングシュートを命じました。いつもの事ですが、「素直な
性格」の“りっちゃん”は、何も考えず、コーチの言いなりに、直ぐさまシュート。すると、見
事にナイスシュート。その後も命じられるがままにシュートを打つと、ナイスシュートの連続で、
その日の練習後のミーティングでコーチから、
「今日から大島は、ウチのシューター(シュートを打つ役目の人)だ!」
と、皆の前で宣言されました。まるで“岡ひろみ”状態でした。これには“りっちゃん”も引いて
いましたが、何か目標が見えて来た気がしたらしく、俄然“勇気”が湧いて来ました。

 その“勇気”が、違う「何か?」も突出させたのか?……。一部の男子から、「鬼!」と呼ば
れる様に成りました。
「何故、鬼なのか?……。」
と、「鬼」の真の姿も知らずに“りっちゃん”は、泣いて男子に訴えました。すると、
「顔が怖くて、“鬼”の様だ。」
だそうで、さすが「あの親にしてこの子あり」と、言う理由でした。ですが、幼い“りっちゃん”
には、「自分が、皆の目にどの様な姿で映っているのか?」と言う小学生からの課題が、まだ
はっきりと掴めず、ただ湧いて来る「悔しさ」に、最初は泣いてばかりでした。
 ですが、中学生にも成ると、「泣く」と言う手段にも飽きて来て、言い返す様に成りました。
それが返って“りっちゃん”を、元気にして、楽に成り、段々と男子とも“平気”で話せる様に
成って行きました。……これは、『怪我の功名』です。

 先程ご紹介致しました、友達のお姉様の“バスケ部先輩”は、貫禄が有り過ぎる位有って、
「何か(イジメられたりしたら)有ったら、私に言いに来な。」
と、何ともまぁ、有り難く頼もしいお言葉を、この“りっちゃん”に掛けて下さいました。
ふと気が付くと、三年生の先輩達は皆、「強気の女子の集まり」でした。
 だからと言って“りっちゃん”は、「鬼!」呼ばわりする連中を、先輩に言い付ける気には
成りませんでした。「言い付ける」事は、勿体ない事だと思っていました。「何事も自分に与え
られた問題は、“自分だから”与えられたモノで、解決する事が学びだ」と、知っていたのです。
「後二年経ったら、“りっちゃん”もあんな風に強く成れるのかなぁ……?」。
その時の“りっちゃん”には、到底叶わない夢の様に感じていました。
 しかしこの時の“りっちゃん”も、“私”から発せられている〈声に成らない“声”〉を意識して
聞いて居るので、「……“りっちゃん”もあんな風に強く成れるのかなぁ……?」の疑問の後、
直ぐ様“私”の「成れる!」と即答した“声”も、静かに聞いておりました。“私”の声を意識する
度に“りっちゃん”は、『寒気』とやらを感じる様でした。それ位、“私”の声の発想や思想は、
“りっちゃん”から見れば、恐ろしかったのでしょう。当然です、“私”自身は、『鬼』にも変身
出来ますから。

 『鬼』とは、「人間」の裏の顔を呼ぶ名称です。「人間」が、支え合う神の“心”を無視し、
己の欲望を叶えるだけの世界に迷い込んだ姿を『鬼』と呼ぶのです。「人間」は、自分の内奥
に隠れている『闇の姿=鬼』の姿を知りません。だから、他者の姿を見て、学ぶのです。人間
誰しも『鬼』に成れるのです。
 “私”自身は、皆様の『鏡』としても参りました者です、皆様、悪しからず。


《“中学生”としての目標》

 こんな“りっちゃん”には、叶えなければならない目標が有りました。「“りっちゃん”達の代
では、誰一人として、イジメたりイジメられたりしない、“りっちゃん”の目の前では、決して
それをさせない事」でした。
 それには、「どうすれば良いのか?」。……強気の先輩達のお陰で、大体の見当は付きました。
そうです、“りっちゃん”が「“権力”を手にすれば良い」のです。“りっちゃん”が、「最強」に成
れば良いのです。この様に言葉にすると簡単に聞こえて来ますが、まだまだ弱っちい“りっちゃん”
には、大変困難な道のりに見えました。まずは、「“鬼”問題」から始まりです。

 ただ、“りっちゃん”には最初から、非常に簡単な打開策がありました。それは、「日々“出来
る事”をする」、ただそれだけです。目標を達成するか、否か?は、全くの別問題です。実質
“りっちゃん”に、目標を達成出来る力が有るのか?無いのか?は、連続でやって来る“日々”
に、やり続けた結果、現実として「“判る”瞬感が来るモノ」です。何事も「日々の積み重ね」、
これで『人の一生』が終わります。“りっちゃん”には、これが一番大事な「この世の修行」だ
と、既に知っていたのです。

 だから“りっちゃん”は目標を、「鬼」と呼ばれる自分に、“慣れる”努力をする事としました。
 この「慣れる」とは、嫌がらず、逃げないで立ち向い、「それを『どうでも良い』と思える迄
戦う」事です。“りっちゃん”自身が、「どう呼ばれても良い」と、そう成(慣)れる様に、決
心をしたのです。
 不思議な事に“りっちゃん”は、男子から本気で「イジメラレている」とは、決して思ってい
ないのです。幼い頃からずっと、「“りっちゃん”をイジメられる人は、この世には一人も居な
い!」と、真面目にそう思い込んでいる所為でもあるでしょうが。ある意味で“りっちゃん”は、
「イジメラレル」事を、「どうでも良い」事だと思っていたようです。皆様には、過去のマガジ
ン号(第六回)にイジメ問題を、取り上げてご紹介して居りましたので、この辺に致しましょう。

 ある日から“りっちゃん”は、泣かなく成りました。「鬼!」と呼ばれて、返事をする様に成っ
たのです。すると男子は、段々とからかい甲斐が無くなり、「鬼!」と呼ぶ事を止めてしまいま
した。


《男子とケンカ》

 この頃、学校行事として、球技大会が行われようとしていました。ある日の放課後、我がクラ
スの男子サッカーメンバー達が、チーム編成表を黒板に書き記していました。そこへ、違うクラ
スの一年生男子サッカー部員A君が、同じく我がクラスの部員に用事を伝えにやって来ました。
 違うクラスのA君の登場に、我がクラスの男子達は「偵察される!」と焦り、黒板を身体で必
死に隠そうとして居りました。“りっちゃん”は同じクラスの男子の行動に、「バカみたい。戸
を閉めれば、黒板は見えないのに」と考え、おもむろに戸を閉め始めました。それが案外重たい
木の戸だったので、“りっちゃん”の力では中々閉まらず、両手に体重を掛け、思い切り閉めると、
急に戸が走り出し、A君の顔面にぶち当たりました。A君、すかさず、
「痛ってえ!何するんだ、てめえ!!」
と、言う怒鳴り声と一緒に、蹴りが飛んで来ました。確かに、背の高いA君の顔は、痛そうでし
た。しかし、この時の“りっちゃん”の反応は、後で自分でもビックリしていましたが、間髪入
れず“蹴り返し”ていたのです。それは、殆ど条件反射でした。そして“りっちゃん”の口から、
「アンタが、悪いんでしょ?!勝手にヒトのクラスのメンバー表、見ないでよ!」
と、言い返して居りました。すると、又A君からの蹴りが!又又、“りっちゃん”も蹴り返し……。

 冷静に見れば、どう考えても“りっちゃん”の方が悪いのです。しかし「お前が悪い!だから
蹴って良い」と、見ず知らずの女子に対する「当然の暴力行為」なる態度を取るこの男子の感覚
に、“りっちゃん”咄嗟の判断は「許せない!」の一言でした。小学生バージョンの“りっちゃん”
とは、明らかに違う対応でした。直ぐ様、同サッカー部男子が、止めに入ってくれました。

 それからA君は、ゴキブリと同様に、“りっちゃん”の「大嫌いランキング」に入選を果たし
ました。


《『嫌い』は、「好きに成る」為の課題》

 “りっちゃん”は、普通の人間とは、『感覚』が全く違います。「真理の道」=“中道”が、
“私”のお陰で既に身体に貫き通っております。元はと言えば皆様も、例外無く“中道”は、身体
を貫いて居りますが、『我』と言う意識に(多少の個人差は有りますが)、ブロックされていて、
それが障害と成り、「通り道」としての仕事を中々果たせては居りません。
 その普通と違う感覚の“りっちゃん”は、「宇宙の真理」の法則から見る「『嫌い』と言う問
題を自分に課す選択をする場合、どういう“道”が開かれるか?」を、既に知って居りました。
ですが、さすが幼い“りっちゃん”は、「修行する為にこの世に来たのだから、もうどう成っても
良い!」と開き直る態度を決め、自ら苦しむ為に、A君を『嫌う』と選択したのです。この選択
は、小心者の“りっちゃん”にとって、とても勇気が要る大事な決断でした。何故なら……

 ……ここで、重大な「お知らせ」を致します。
 地球は、皆様ご承知の通り「◯」で出来ています。これを「円」と呼びます。イコール「縁」
です。「縁」は、“引っ掛かり”の部分……、要するにカギ裂きの〔∽〕この様な“フック”と成る
部分によって、お互いに引き合い、引っ掛かり合い、常に誰かと繋がっています。
 皆様は、「勾玉」をご存知かと思いますが、あの「勾玉」は、〔∽〕この様な“フック”の半分を
「縁」に例え、表現したモノです。

 そして皆さんは、自分自身の『人生』に対し、全責任を持って居ます。その様な「全責任を背
負って『人生』を歩いている」……と言う自覚が、又意識が、皆様に実際は有るでしょうか?

 “りっちゃん”の場合、その時まで、自分自身で選んだ『嫌いなモノ』に出遭った事が有りま
せんでした。しかし、“りっちゃん”自身が選択した、この『人生』に、どんな事が起ころうと
も、「全責任を担っている」自覚が有りました。
 先に申し上げましたが、これまで“りっちゃん”の人生に於いて「ゴキブリ」と言う存在は、
偶然遭遇する「嫌いなモノの種類=恐怖」でした。
 しかし、ここで登場した『嫌う人物』の存在は、「ゴキブリ」の様に“嫌う”一般的な対象
としてではなく、「人」として個々となる存在を選択したのです。……これは「“道”が曲がる」
事を意味しておりました。「“道”が曲がる」とは、進むべき大きく広い道=王道から反れて、
「細く暗い道を選ぶ」と言う、次の様な事態に、自ら陥る為の選択です。

 己の人生で通る道を「中道」と決心し、精魂込めて突き進み、“王道”へと足を進み入れた
求道者は、“光”と共に人生を邁進して生きます。「“光”と共に」とは、“先が見える”と言う
意味で、これを「先見の明」と言い、自らの人生設計を守護霊達から「明るく照らされる」
……と言う事に成ります。
 自分の人生を、「明るく照らされる」故に、“苦しむ道”を沢山選択する事が出来、より多く
の人達の為に「自分自身を捧げられる生き方」が出来るのです。
 「霊力」は、この様な志を持った者に、自然と色々な力(エネルギー&パワー)と能力(使い
分ける種類)が、同時に開花して来るモノです。

 それが、「“道”を曲がる」選択をする場合、「修行の奥道へ入る」事となり、今迄「王道」
と言う広く明るい大きな視野で“道”を歩いて来た者でさえも、道に“光”を失います。
 この見地から見れば、この世の皆様は、どんなに物質としての“太陽”に照らされて居ようが、
「真っ暗闇の人生を歩いている」事に成ります。勿論殆どの皆様は、「そんな事知らない、知ら
されていない」から「“王道”を進む人生を生きる選択」をしていません。と、同時に、「中道」
の存在や意味も、良く理解して居りません。物心付いた時から、もしくは物心付く前の社会全体
の空気から始められていたら……。きっと皆様が違う社会を築いていた事でしょう。

 この世では「霊界の“心”の教育」が行き届いていないので、「人生は、“迷う”モノだ」と、
平然と勘違いをして生きています。もし皆様が、「中道を選択した人生」=「“我”を、他人と
自分の分とを、半分半分にバランス良く分ける事が出来た」と、したら?……、当然“光”が、
あなたの人生を照らし出してくれるのです。
 「我がまま」は、バランスを欠いた不均衡な状態です。だから天からの“光”が、見えないので
す。昔話は、そういう“大人”としての心的態度を教えていたのです。


《“心”の声を失った“りっちゃん”》

 “りっちゃん”の重大な決心の後、“私”との、しばしの別れがやって参りました。これは、
この世での主人公、“りっちゃん”が選択した“道”です。“私”が、云々言える問題ではありま
せん。“私”は、中学生に成る迄の“りっちゃん”に多大な迷惑を掛けて居りました。その位
“りっちゃん”は、“私”自身の存在を、呪って居ました。残念な事に“りっちゃん”は、“私”か
ら遠のいてしまったのですが、彼女は逆にウキウキし、清々した様でした。

 一年のクラスメイトの中に、やはり男子でしたが、“りっちゃん”の過去世に於いて、ひどい
仕打ちをした者を見付けました。彼を、仮にB君と名付けましょう。A君以上に、皆に分り易い
避け方で極端に嫌う態度を、周りの皆に見せて居りました。“私”と居た時の“りっちゃん”は、公
然とは、その様な態度を見せなかった事でしょう。その点に於いても、清々感が伝わって参りま
した。不思議と他のクラスメイト達も、“りっちゃん”がB君を“避ける理由”を知っているか?
の様に、その様子を黙って見守って居りました。実は、そのB君本人も、「“りっちゃん”に嫌わ
れる理由」をうすうす感じて居りました。

 せっかくの機会なので、“りっちゃん”が過去世で受けた「B君の仕打ち」とは?を、ここで
披露してみましょう。この問題は、B君にとっても時効なので、両者共に迷惑には成りません。
皆様ご了承下さい。

 “りっちゃん”の何回かの過去世に於いて。正確に申しますと過去三回の人生で、『監禁』を
されました。これは、過去世での出来事ですが、今生に大きな意味を引き継いで居ります。それ
が、「今生」の課題に成るのです。

 “りっちゃん”のこの地球上で肉体を与えられた過去世は、今から約2,500年前から始まって
居ります。この世で「釈迦と歩いた人生」からスタート致しました。その人生では、「釈迦の
付き人」をして居りました。ここから、大きく“妬まれる”人生が始まったのです。だから
“りっちゃん”は、このマガジンの早々で、「嫉妬されない人生」を謳ったのです。

 皆様はご存知かも知れませんが、釈迦は霊能力者でした。その偉大な能力者のお傍に居たので
すから、当然その能力は過去の“りっちゃん”にも移りました。この世で一回開いた能力は、後
の違う肉体を受け継いだ後世でも、生まれながらに授かっています。その“力”を利用しようと
する輩が、又その力を自分の物とする強欲の持主が、“りっちゃん”を「監禁」したのです。
 今生の彼女は、監禁される事……直訳すると、『束縛』を極端に避けます。『束縛』される
“家庭”、『束縛』される“教育”、『束縛』される職場、『束縛』される“結婚生活”を、とに
かく回避してここまで参りました……。

 恋愛に関する態度では、男性も女性もお互いを『束縛』する傾向に走りがちですが、『束縛』
は何も建設的な物を生みません。それどころか、破壊傾向へと自ら突っ走ります。それを知らな
いで、お互いを『束縛』するのです。
 本来の結婚は、『愛』と言うエネルギーで創られた、計り知れない吸引力を持つ“接着剤”が
取り持つ「縁」で結ばれる関係を言います。紙一枚の間柄では、何の魅力も効力も発揮しません。
その件に関しては、現代の離婚率が証明していますね。




 さて今回は、いつも以上に濃密な内容と成りましたが、皆様には、楽しんで頂けたでしょうか?
 いつも申し上げて居りますが、これは、“私”に実際起きたノンフィクション物語です。皆様の
色んな関心や疑惑等、ご意見・ご質問が沢山有るかと思います。是非、ホームページ等のメッセ
ージ欄等をご利用して頂けたらと、常日頃より願って居ります。

 次回は、《超ハードなスケジュール》から始めたいと思います。
 今回からお話を始めたこの“私”に、皆様から、どうか愛想を尽かされぬ様頑張って行きたいと
思いますので、皆様、どうぞよろしくお願い致します。では、又お会い出来ます様に……☆





		


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