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『 も お れ ろ・は わ い い 』
〜MOANA の ハワイ昔話〜
▲▲〜〜〜▲▲▲〜〜〜▲▲▲〜〜〜▲▲▲〜〜〜創刊準備号
平成19年12月16日発行
♪ “Aloha Kakou!” 〜みなさま、アロハ!〜
ハワイには、はるか昔から伝わる、たくさんの伝説や神話があります。
山より大きな大男や、働き者の小人たち。
水にすむ竜、雲に浮かぶ島。
咲き乱れる花のように美しいお姫様や、雲に乗ってやってきた神様。
不思議な岩、サメ、鳥、虹、イヌ、森の精霊たち・・・
そんなものたちが活躍するお話は、太平洋の北側に住む私たちをも
どこか懐かしいわくわくした気持ちにさせてくれます・・・ヽ(゜▽゜)ノ
今まで日本ではなぜかあまり紹介されてこなかった、こうした伝説を
このメールマガジンでは、毎週少しずつご紹介していきます。
ハワイの島々に残されたお話の数々をどうぞお楽しみください。(^^)
From : MOANA
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≪INDEX≫ 創刊準備号 目次
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▼ 『Hawaiian Legends』〜第1回目 ・・・ 序文〜
▼ 『Hana Hou!』〜ちょっとトリビアなハワイイ・コラム〜
▼ 『O‘lelo No‘eau 』〜ハワイの叡智の言葉〜
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▼ 『Hawaiian Legends』W・H・Rice編 1923
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(発行人・注;この本は、1923年にハワイで発行されたものを発行人が日本語に訳したものです。)
第1回
― 序文 (抄訳)―
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これからご紹介する『ハワイアンレジェンド』はWHライスが長年にわたり
採集しかつ翻訳されたものの集大成といえる作品です。
彼は可能な限り原文に忠実に仕上げようと、ハワイ語、ハワイアンの心、味わ
い、リズム、フレーズなども大切に残しました。
後世の装飾的な言い回しやハワイ語にはありえない言葉の使い方、考え方や表
現などを付け加えることも注意深く避けています。
ハワイアンの精神や言葉をより忠実に伝えたいために加筆、削除した部分もあ
ります。
▼ ▼
ライスは幼年期よりハワイ語に親しんで育ち、20歳になるまではハワイ語で
物事を考えてから、頭の中で英語に置き換えていたといいます。
物語の多くはカウアイ島で採集されていますが、他の島々のものも多くあり、
伝説を知るハワイアンの古老について何か耳にすれば、すぐに会いに出掛け、
ときには特別な物語を教えられることもあったようです。
『ヨナとくじら』『マクアカウマナ』などは、長い時間かけてウェスターベ
ルト氏から手に入れたものです。(訳注:ウェスターベルトは著名なハワイ研
究家。)
この物語のより確実な形を追いかけている間に、ライス氏はたまたまヘエイ
アでハワアンの古老から『マヌヴァヒ』の物語を聞いたといいます。
『鳥男』、『ホルアマヌ』、『ニイハウの神の破壊』、『モオと女の子』な
どの話は主にハワイ語の最高の学者フランシス・グレイから手に入れています。
『虹の姫』『エビの目』もまた彼から聞いた話で、その後の伝説で触れられて
いるティの葉はホルアマヌ近くの小さな谷の入り口に生えているものだそうで
す。
メネフネの物語の一部のハワイ語のものはJ・A・アキナから手に入れ、
『雨のヘイアウ』は1912年、ナイアラウという名の人から教わったものです。
『モロカイにトカゲがどうやって渡ったか』と『パカアとクアパカア』は
ヴィウという名のハワイアンが話してくれたもので、コロアのS・K・カウリ
リ師は『転がる島』の完全形を聞かせてくれました。
▼ ▼ ▼
ジョージ・カーター知事の時代、ある式典が開かれ、このときライス氏はカ
ウルルという名のハワイアンの古老が歌ったとても素晴らしいオリ(詠唱)と
出会いました。
そして彼からたくさんの伝説を聞かせてもらうことになるのですが、そのなか
には『ウルカア』や、すでに採集していた物語の別のバージョンも含まれてい
ました。
ただ、居合わせたこうした物語の価値に無知な人たちが揶揄したため、古老
は話をやめてしまい、それ以上二度と聞けなくなった物語もあったのでした。
古老たちはとても敏感かつ繊細で、心の通い合わせられない聞き手には何も話
さないのです。
キャプテン・クックの来航以前、ハワイには、王様の宮廷専属の物語の語り
部や歌物語を聞かせる旅芸人がいました。彼らは特別な身分を与えられ、首長
たちの宮廷で暮しました。
彼らの語る物語は首長やそこに仕える人々以外の前では語られることがなかっ
たため、その多くがそのうち失われてしまい、時代が下ると一般に知られなく
なったものもあります。
時に歴史上の出来事や超自然現象なども題材とし、物語は世代を超えて語り継
がれました。単純に想像力を編み上げたフィクションのものもあります。
優れた語り部は首長からは最高の褒美を与えられたといいます。
これらの全ての要素、事実に織り交ぜられた架空の話も、いつしかぼんやりと
したうわさとなり、やがて事実のひとつとして信じられるようになっていった
ものもあったのです。
▼ ▼ ▼ ▼
語り部たちは、アポ(文字通りには「捕まえる」意)の技に秀でていました。
一度聞いただけですぐに覚えてしまう力のことで、2時間3時間にも渡る詠唱を
聞いて、終わったとき、聞き手はその詠唱、つまり物語の最初から最後まで一
語もたがえず漏らさず繰り返すことができるのです。
こうした訓練を受けた人々まるで見てきたかのように口と耳を通して出来事を
語り、現代の私たちが文字に書かれた文学を持っているように、彼ら自身の文
学を編み上げてきたのです。
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1854年家族とともにカウアイ島リフエに移り住んだ幼いウィリアムは、そこ
で彼の人生の最も素晴らしい時期を過ごしました。遊び仲間のハワイアンの男
の子たちと乳母と過ごすうち流暢なハワイ語を身につけました。
そののち、コロアのダニエル・ドール師の寄宿学校に入学。その後プナホウの
オアフ・カレッジに入学し、カリフォルニア州オークランドのブレイトンズ・
カレッジに進みます。
1870年から72年まではハワイ議会の下院に奉職し1895年から98年までは上院
議員となります。カラカウア王に仕える13人の委員の一人で、リリウオカラニ
女王の下ではカウアイ知事を務めました。
(MOANA ・訳、編集)
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▼ ≪Hana hou!≫ 〜ちょっとトリビアなハワイイ・コラム 〜
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ウィリアム・ハイド・ライスは、1846年7月23日オアフ島生まれ。
父ウィリアム・ハリソン・ライスと母メアリ・ソフィアは、
ニューヨークから宣教師として1840年ハワイに渡り、
マウイ島ハナからオアフ島ホノルルのプナホウ・スクールで教職につき、
その地で長男ウイリアム・ハイドを授かります。
その後教職を退き1862年プランテーションのマネージャーとして一家でカウア
イ島リフエに渡りました。
ウイリアム・ハイドは、そこで育ち、やがてコロアの寄宿学校で過したのちに、
ホノルルのオアフ・カレッジ、さらに
カリフォルニアのブレイトンズ・カレッジに進みます。
ハワイに戻ってからはリフエ・プランテーションの牧場支配人として働き、
家畜のブリーディングや牧場、サトウキビ農園の経営を学び、
1872年、弱冠27歳にして4―5000エイカーもの広大な土地を、
当時の王女プリンセス・ルースより3000ドルで譲ち受けました。
1900年にはウィリアム・ハイド・ライス株式会社の経営者となり
17年間キプ・プランテーションとリフエ・ランチを経営しました。
(のちにツナミとハリケーンによりこの農場は消えたそうです(-_-;))
カウアイ島の名士であり、有能な農園経営者、農業開発者、
さらに政治家としても活躍。
1870年にはカメハメハ5世のもと最年少の下院メンバーとなり、1
873年、82年、87年、90年とハワイ王国の国会議員となり、
95年から98年までハワイ共和国上院議員。
カラカウア王に使える13人の委員会メンバーの一人であり、
王及びカピオラニ女王より勲章を授かっています。
リリウオカラニ女王からはカウアイ島の知事に任命されました。
地元のネイティブ・ハワイアンの島民に対して大変友好的で
彼らを尊重するやり方で島の政治を行ったので、
ハワイアンたちからも大変慕われ、
”The great Old Man of Kaua`i”,と呼ばれ、
1924年6月15日に亡くなると,
その死に際しては『One of the best loved citizens of Hawaii』、
ハワイで最も愛された市民 とたたえられたということです。
ハワイ語を達者に操り、ハワイの最も卓越した学者の一人に数えられ、
50年以上にも渡って採集したハワイのさまざまな物語を英語に翻訳という
偉業も成し遂げました。
1923年に出版されたこの『Hawaiian Legends』は、
ハワイにつたわる物語を研究する人々に広く知られています。
カウアイ島の中心であるリフエの町のメインストリートに彼の名前は残され、
『ライス・ストリート』と今も呼ばれています。
ちなみに、彼が寄宿学校時代を過ごしたころの親友、サンフォード・ドール
とは、後のハワイ最高裁判事。
しかもアメリカの介入によるハワイ王国クーデター後にはなんと!
ハワイ共和国初代大統領となった人物でして・・・
このあたりのことに関しては
ハワイ独立系の人たちからはブーイングも起こりそうな・・・^^;
かの有名な「ドール・パイナップル」の創業者ジェームズ・ドールは
彼の従兄弟にあたります。
大統領の従兄弟だから、かなり優遇されたとのうわさも・・・
癒着疑惑に国境はない!のですね〜(・_・;)
さてさて、次回からは、いよいよ、『Hawaiian Legends』
のコーナーではこの本に収められた伝説の物語を、
そして≪HANA HOU!≫のコラムでは、物語に関わるちょっとした
トリビアなお話や知識をご紹介してまいります。
どうぞ、お楽しみに〜〜!
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▼ ≪O`lelo No`eau≫〜オーレロ・ノエアウ:ハワイの叡智の言葉〜
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@このコーナーでは、毎回ハワイに古くから伝わることわざをお届けします。
☆今週のことわざ
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『 `A` ohe pau ka `ike I ka halau ho`okahi. 』
(意味;ひとつのハラウで学ぶ知識だけがすべてではない。)
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ハーラウとは、フラなどの教室のことです。
また、カヌーをしまっておく小屋のこともハーラウといいます。
世界には学ぶことがたくさんあり、教えてくれる場所や人も限りがない。
自分の知っている知識だけが全てではなく、あらゆることに頭を低くして
謙虚な心で学ぶ気持ちを忘れないように。
自分の教わったことだけが正しい、と主張していては、
そこからさらに先には進めませんね。
未知なもの、自分とは違う価値観のものにも心を開き、
常に新鮮な気持ちを忘れない。
そんな自分でいたいものです。
出会う人、であうものすべてが、
そのときひつような何かを教えてくれる先生なのですね
・・・MAHALO・・・
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■■ 編集 後記
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第1号、いかがでしたでしょうか?
次回から、いよいよ STORY TELLING が始まります。
どうぞお楽しみに!
ご意見、ご感想ございましたら、どしどしお寄せください♪
それではまた来週お会いしましょう!
A Hui Hou!!
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メールマガジン『もおれろ・はわいい 〜MOANAのハワイ昔話〜』
☆ 責任編集・発行 : 芹澤”MOANA”由美
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